今日は河北の名拳であり、遠距離の連続攻撃を得意とする通背拳について説明します。
通背拳とは
通背拳(つうはいけん)は拳種であり、別名を通臂拳(つうひけん)とも言います。腕を鞭のように伸ばし、遠くへ伸びる打撃を特徴とします。通背拳の名称は、中国の伝説上の動物「通臂猿猴」という猿に由来します。昔の中国人は、通臂猿猴は左右一本につながった腕を持っており、片方を伸ばせば、片方が伸縮すると信じていました。
通背拳は、河北省を中心に伝承されており、遼寧省大連市を中心に東北地方、河北省に隣接する山東省でも伝承されています。
通背拳は、多くの系統が存在します。
- 五行通背拳
- 劈掛通背拳
- 白猿通背拳
等です。他にも〇〇通背という門派、套路等いろいろなものが確認できます。
戦前、北京に在住していた武田熈氏は最早期に通背拳を学んだ日本人であり、通背拳法という著書があります。通背拳法は現在でも台北市内の書店で通背拳のバイブル的扱いを受けています。
通背拳の拳理と基本原則
通背拳の拳理を以下にまとめます。
- 腕部は柔らかく長く放つ。
- 胴体は若い猿の如く、胸を含めて緩める。
- 両足は進退を素早く、回転も自由自在。
- 手法は整勁(全体の力)を用い、内気を運用する。
- 五力を用いる。(原典を尊重し日本語にせずそのまま列記します)
- 冷
- 彈
- 脆
- 快
- 硬
通背拳の強み
通背拳の強みは何といっても霊活(機動性にとんだ臨機応変)な手法と攻撃性の強さです。
連打連撃に秀でると言われる螳螂拳は、「一口打五下」(一呼吸で5打つ)を行いますが、その5打には防御手法が2打ほど含まれます。通拳拳では、「一口打七下」(一呼吸で七打打つ)を行い、七打すべてが攻撃動作となります。つまり、およそ2秒間ほどの間に7打の拳が流星の如く降ってくることになります。
また、腕が伸び伸びと使えるように基本功をやり込むので、一般な拳種と比較し、握り拳一個分ほどパンチのリーチが長くなります。通背拳はこのアドバンテージを使い、自分の打撃は相手に届くが、相手の打撃が届かない距離を絶妙に調整し、打撃を雨あられのごとく叩き込むことを得意とします。
連打が得意な門派は通背拳の他に翻子拳、螳螂拳も有名です。翻子拳と螳螂拳はともに短打に分類される拳種であり、翻子拳は比較的短距離の拳打を連続して打ち出します。
螳螂拳の場合、圏捶等直線的な動作以外の拳打以外を巧妙に織り交ぜながら連続攻撃を行います。またそこには肘打も織り交ぜられて、密度の濃い攻防線を構成します。
通背拳は、これらの2拳種と比較して遠距離の攻防を得意とします。膨大な単招動作をこなすことにより十分に緩んだ首周り、背中、肩部や臂部を使って腕全体をほとんど伸ばし切った状態の遠間で打ち込む攻撃を得意とします。
縄の先に取り付けられた鉄球が隙間から滑り込んでくるというイメージです。攻撃方法も、
- 穿(指先で突きさすように出す動作)
- 拍(手のひらで打ち込む動作)
- 鑽(中指の突起を使って打ち出す拳打)
等多彩です。これらを織り交ぜながら、隙間風のように攻撃が繰り出されます。一見ジャブのように見える緩んだ手から繰り出される攻撃ですが、当たる瞬間に先端部が瞬時に硬化するイメージの鋭い攻撃(冷と表現します)が見た目以上の攻撃力を秘めます。
通背拳の弱点
拳種の特性上、打撃一撃当たり体重投下力は小さいです。一打必撃の拳種(心意六合拳や八極拳)と比較して一発当たりの力積は小さくなります。よって打撃一発だけで相手を吹き飛ばすほどの衝撃力は持っていません。また、肘、肩が擦れ合うような接近技法についても他派に譲る部分があります。
但し肘や肩が触れあう距離では拳打が相手を絡めとるように臨機応変に変化し、それが摔に変化するという特徴があります。ただしこれは他の中国北派武術と共通の技法です。
また通背拳の腿法としては特筆すべきものはありません。長拳や他の北派武術と共通の腿法の基本功はあるべきものとして認識されています。また霊活な歩法が伴うことも他の拳種と共通です。
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まとめ
日本人は、文化的背景が原因とするのか、一撃必殺の技術を好む傾向が強く、連撃系の拳種の人気はいまひとつというのが現実です。
ですが、中国北方では通背拳の人気はすこぶる高く、通背拳は天下の名拳の一つに数えられます。また、技術の構成上、ボクシングとの親和性も高いと思います。グローブをはめた自由縛撃でも門派の術理を損なわず動けるところも現代の練習者にとって魅力的なポイントです。
通背拳は河北の名拳です。1949年の政変後何名かの通背拳名師が台湾に移住したことで台北地区でも通背拳は伝わっています。日本でも通背拳、通臂拳を学べる教室はいくつかあります。興味のある方は習ってみることをお勧めします。