今日は八極拳と双璧を成す河北省滄州の名拳、劈掛拳について説明します。
劈掛拳とは
劈掛拳は(ひかけん)とは河北省滄州を発祥とする拳種であり、別名劈掛掌ともいわれます。門派名称の由来は、腕全体を上から下に切り下ろす動作である「劈」(pi)と下から打ち上げる「掛」(gua)を行うことから名づけられています。
劈掛掌ともいわれる通り、掌打を多く使うことに特徴があります。もちろんすべての技法が掌打で構成されているということもありません。
日本語では本来「劈」には「ひ」ではなく、「へき」と読まれるべきですが、中国語の読み方「pi」の影響を受け「ひ」という読み方が、日本においては一般的です。
劈掛拳の特徴
劈掛拳の特徴は、腕部の力を抜き、上半身と両腕を振り回す動作です。
- 大開大閤(大きく開き、大きく合する)
- 長於遠攻(遠距離に長ずる)
体を大きく使うことは、体を健壮にするのみならず、それがそのまま実用性を伴うことを門派が強調しています。腰からの発力を重視し、胸部の吞吐(開いたり、合すること)、腰の捻転動作と肩、臂部の協調運動が特徴です。
また歩法にも研究が行われており、曲線を以て相手の側面に回り込む戦術が取られます。両腕を振り回し、劈と掛をかけ合わせながら連続的に相手を攻撃します。よく放鬆(fangsong)された掌打の一撃は、鞭で打たれた様に重い衝撃を受けます。
動作の特徴は、「鷹翅蛇身」(手は鷹の羽根の如く、体は蛇の如く)と形容されるように胴体もダイナミックに使い、曲線的に動く動作が多いことです。通背拳と発祥が同根ともいわれており、術理には共通する部分があります。
劈掛拳は同じく滄州を発祥とする八極拳とは異なる技撃戦術を持ちますが、八極拳と併習されることが多く行われます。
(2024/11/21 07:06:13時点 Amazon調べ-詳細)
劈掛拳の長所
劈掛拳は放長撃遠を代表する拳種であり、遠距離戦で優位を発揮します。一寸長一寸強(一寸と遠ければそれだけ強い)について通背拳とも共通していますが、通背拳はどちらかといえば、拍、穿、鑽といった直線に突き刺したり、叩く、抉りこむ動作を得意とするのに対し、劈掛拳は遠心力を用いた打法を得意とします。
ちょうどバレーボールのトップアスリートのアタックを、顔面にまともに受けることを想像してみてください。腕の重みを使う打法が多いですが、これを使い、顔面、首筋、股間を狙い攻撃を行います。
また腰を中心に球のような立体的な感性で体を使いながら、打ち終えた腕の慣性を利用して連続攻撃を行うため、まるで、太い金属の電線に絶え間なく叩きつけられる感覚を覚えると思います。
劈掛拳の兵器と言えば刀術が筆頭に挙げられます。日ごろ練っている遠心力を良く利かせた掌打は刀の砍や劈との親和性が強いです。中国武術は武器の操法を徒手技術に転訛させたところがあることから、ひょっとすると劈掛拳は刀術の身体操法を徒手に置き換えて構成された拳種かもしれません。
武器として目を見張るものは刀術ですが、一つの門派としての土台部分は黄河流域の他の武術と共通であり、槍術、剣術、棍や短棍等様々な武器が門派に内包されています。
劈掛拳の弱点
劈掛拳は、掌が当たる距離を最も得意とすることから、肘、肩が擦れ合う距離での戦闘技巧においては、他の門派に譲るところがあります。とくに、同じく滄州を発祥するも、靠打、肘法を得意とする八極拳とは得意な距離が異なることからお互いを補い合うことが古くから行われています。
八極拳と劈掛拳を併修すれば、双方の弱点を補い合えることから、
- 劈掛參八極,英雄嘆莫及(八極に劈掛を参ずれば英雄も感嘆する)
- 八極參劈掛,神鬼都害怕(八極に劈掛を参ずれば神鬼も恐れる)
といれれるまでに至っています。
劈掛拳で抜けのいい打撃力を身に着けるには全身の柔軟性を高め、とくに腰、背中、肩などを柔らかく使えるようにする訓練が必要です。
(2024/11/21 05:22:39時点 Amazon調べ-詳細)
劈掛拳の伝承
1928年に南京に成立した中央国術館に馬英圖、郭長生両名が招へいされたことにより、劈掛拳は中央国術館にも伝承され、瘋魔棍、劈掛刀に代表される套路の考案されました。
第2次世界大戦後の中国大陸の政変により、台湾に渡った大陸出身者の中には、河北省滄州の出身者も含まれており、台湾の武壇国術推広中心でも劈掛拳が伝承されています。
まとめ
劈掛拳は一撃必殺系の拳種ではないため、日本ではあまりに人気のない拳種に属しますが、上でも記載した通り、体を大きく使い、跨、腰の捻転動作によって出される打撃は強力です。臂部や掌を何かに打ち付けて良く練られた打撃は相当な威力を持ちます。また関節の柔軟性と体全体の協調性を向上させるのには最適の拳種です。
伸び伸びとした動きは見ためも美しく、またその運動が即技撃性(実践性)を帯びるとところも、「力と美」を兼ね備えた優秀な拳種であることを表しています。