本日は河北省に伝わる連打連撃の拳術、翻子拳について紹介します。
翻子拳とは
翻子拳とは、河北省で行われる拳種であり、両手による拳打の激しい連続攻撃が特徴です。翻子拳との関連性はわかりませんが、明代の武術書である「紀効新書」に「善之善者也」(最も優れたもの)として記載があります。
翻子拳は別名「八閃翻」とも言われ「閃」(素早い)、「翻」(翻る)等の技撃的特徴があります。門派を代表する構えを見るとわかるように、前足に重心を置き、攻撃的な構えを作ります。
中国武術の中でもっともボクシングに近い技撃形態をとる武術ともいわれてます。
鷹爪拳と合わせ、鷹爪翻子拳、腿法に優れた戳脚と合わせて戳脚翻子といわれることもあります。
動作の特徴としては、腰部から発する貫通力の高い直拳を多用し、「両拳は閃電の如し、密なること雨の如し」と形容されるほどの連続拳打を得意とします。爆竹が連続して破裂するときのようなすさまじい連続攻撃が特徴です。
直線的な連打連撃の打法が類似する通背拳と比較すると、姿勢は小さく、動作がまとまっていることも特徴の一つです。動作と打撃距離をコンパクトにまとめることにより、打撃の連撃性、密度を最大まで高める工夫が見られます。
主要な伝承地は河北省の高陽ですが、河北省一体、また遼寧省、甘粛省、陝西省への伝播が見られます。翻子拳は、通備拳として整理された拳種の中核技術の一つともなっています。
伝承は河北の韓禄馬からでて東北の許兆熊、瀋陽の郝鳴九、胡奉三、程東閣らにより各地に広まりました。民国初期には馬鳳図、馬英図がこれらを取り入れ通備翻子門を起こし、馬賢達は散打大会でも優秀な成績を収めています。
また河北省には翻子拳の八つの閃翻技法を基礎とし、擒拿技法と鷹爪の形を取り入れ融合し発展させた鷹爪翻子拳という流派も存在します。
中華人民共和国成立後は翻子拳は伝統武術の表演種目としても認定されてます。
翻子拳の強み
翻子拳の強みは、拳打の連続攻撃です。両拳の攻撃密度は中華武術随一といえます。比較的短いショートレンジの打撃を高速で繰り出し、相手に受けるすきを与えない猛攻撃を加えます。まさに「双拳密なること雨の如し」または「爆竹が連続して鳴り響くが如し」です。一瞬でドドドドドっという轟音とともに拳が雨あられと降ってくることでしょう。
翻子拳の勁は以下のように形容されます。
- 脆 パキパキしている
- 快 とても速い
- 硬 硬質
- 弾 瞬発力がある
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翻子拳の弱点
翻子拳は連撃系の拳種であるが故、一撃単位の体重の投射力は、他派に譲ります。系統によっては同じく河北省由来の拳種である八極拳を併修することにより、これを補うことが行われています。
また、同じく連撃系の拳種である通背拳より、拳打の有効射程が短いことも弱点といえます。ただしこれは、打撃の密度を上げるため、これを積極的に選択した結果とも言えます。
もう一つの弱点は、拳打に特化する故、腿法が少ないことです。これを補うために戳脚を併習し長距離での弾幕の強化及び戦略の幅を広げる方策がとられています。
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まとめ
清末から中華民国初期にかけて、河北中部一帯では翻子拳が流行し、「山東査(山東の査拳)、直隶戳(直隷(現河北省)の戳脚)」と称されるほどになります。中国の古い文献には、八閃翻という名称の拳撃が現れますが、私個人は、翻子拳は、他の多くの拳種と同じく
比較的新しい時代に成立した近代武術の様相を呈していると思います。
その理由は、拳撃を中心とする技術体系にあります。本来中国武術の徒手身体操法は、武器を操作する身体操法を応用したものとなるはずです。
なぜならば、冷兵器(火薬を使用しない武器)を主となす近代以前の戦闘形式では、人間は素手では戦闘を行わず、刀、槍を用いることが通常です。堅牢性が求められる戦場兵器は、自ずと重量が重くなり、架子(立ち方や姿勢)にも実質剛健が求められます。動作も素朴になります。
本稿を書くにあたり、中国語の資料をいくつか参照しました。翻子拳の技撃特徴に関し、霊活多変、剛柔相済、動作緊密、などどの門派でも共通の掲題とするものも記載されていましたが、これらの要訣の多くは翻子拳独特の拳理というよりは広範囲に分布する北派武術に共通する要訣であると判断し、詳細については割愛していることを了承ください。
台湾地区においては、翻子拳の名人が国共内戦で渡台してきていないため、珍しい拳種となります。伝統武術家の中で翻子拳を台湾地区で享受している外省人一世の話を聞くことはできませんでした。現在、台湾地区で翻子拳を伝承しているのは、台湾方が大陸方に渡航できるようになってから大陸現地(西北や東北)で習得した武術家が持ち帰ったものとなります。