本日は、山東青島地区に伝わる稀少拳種である孫臏拳(孫ピン拳)について解説します。
孫臏拳とは
孫臏拳(そんぴんけん)は、戦国七雄の東の最有力国であった斉の軍師孫臏(孫ピン)が創始したとされる中国武術の拳種です。
門派の権威を高めるために、孫臏の名を冠していますが、孫臏が誰にどのように伝え、どのような経路で現代まで伝わったかは論考されていないため、伝説の域を出ないものとなっています。
孫臏とは
山東に生まれのちに斉国の軍師となった人物です。若い頃は、後に魏国に使える龐涓とともに兵法を学んでいましたが、龐涓による謀略により臏刑(両脚を切断する刑)という刑に処されました。その後、魏国を脱出し、斉では田忌将軍の食客となります。
斉王と田忌が競馬を催した際、孫臏は田忌を二勝一敗にさせ千金を儲けさせた逸話は有名です。これにより孫臏は斉の軍師として取り立てられます。
魏の軍勢が趙の首都邯鄲を包囲した際、趙は斉に救援を求めました。その際、孫臏は、田忌に趙を救済するために魏本国を攻めさせることを献策しました。魏の軍勢は、それを知りあわてて本国に引き返し、斉はそれを待ち伏せすることで大勝利を収めました。「囲魏救趙」
また、馬陵の戦いでは、宿年のライバルであった龐涓を自害に追い込み、雪辱を晴らしたのでした。また孫臏は1972年に山東省で出土した竹簡の兵法書「孫臏兵法」の著者としても有名です。
孫臏拳の歴史
孫臏拳の名前現れるのは、清末になってからであり、武術の歴史としては比較的新しいものです。中国政府は、文聖拳、査拳、螳螂拳、孫臏拳を山東四大拳種と認定しています。孫臏拳は1920年代から1936年にかけて楊明斎が山東省、特に青島国術館で教授したことにより青島地区や済南で広く伝承されています。
孫臏拳は2011年には中華人民共和区の国家無形文化遺産に登録されました。
孫臏拳の特徴
孫臏拳の特徴は、袖の長い服を着、その袖を振り回すように打つ独特の打法です。このため孫臏拳は別名長袖拳と言われます。孫臏拳では拳を象鼻拳という形(中指の第2関節を突出させた独特の手形)を使い、象が鼻先を振り回す様な攻撃手法をとります。
孫臏拳は腕を長く使い、長撃を得意とし、主要な打突目標は相手のツボ、つまり急所です。拳先で体の穴位(ツボ、つまり気血が通る交差点、要衝)を攻撃し、その連携を断つことにより相手の戦闘力を奪うという戦略を持っています。(穴位を打ち気脈を断つというのは一種の中国の伝統的概念です)
また歩法は、前体重を前足に乗せた丁字歩というという歩形を多用します。中国語で表現すると軽快、霊妙な歩法も特徴の一つです。丁字歩は、一見足が不自由な方が歩く様を連想させるような独特の歩形であり、一見不安定な立ち方に見えますが、むしろこの不安定さを逆に利用して霊活なステップワークを行います。
孫臏拳の強み
孫臏拳は攻撃性の高い武術であり、象鼻拳を用いて、相手の急所を打突する攻撃方法を取ります。
中国人は、穴位(ツボ)は人間の気血が通う通路の重要な交差点であり、これを打突すれば、気血(エネルギーの概念)の流れが滞り、人間は活動能力を失う、とするという思想を持っています。
孫臏拳はこの考え方を利用し、穴位を精密な命中率でピンポイントに攻撃し、相手の体を破壊するという戦略をとります。手を見たら手を打ち、脚を見たら脚を打つ(見手打手,見腳打腳)として、攻撃と防御を一体化させた術理で、攻防相備の運用を行います。
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孫臏拳の弱点
孫臏拳の弱点としては、他の放長撃遠系拳種と同じく、一打当りの体重投射能力の弱さです。とくに孫臏拳の場合、打突が点撃になるという特性上、体重を伴った重い打撃を行うことはできません。さらに、穴位という小さな的に攻撃を正確に命中させる必要があるため、精密打撃を訓練する必要があります。
点撃を行うためには打つ側も拳先を十分に強くしておく必要があります。拳の耐久性が不足すると自分の攻撃により自分の指を痛めてしまう可能性があります。
腕を放つ距離に特徴がある拳種の為、接近戦はやや不利です。但し、接近戦では打撃の動作を応用して、摔法(投げ)に転じることができる様に招式は設計されています。
まとめ
孫臏拳は、淮河以北に広く分布する長拳系武術と比較するとかなり独特な戦闘理論、手法、歩法を持つ、いわゆる奇拳と言える風格を持っています。台湾地区では、楊明斎から孫臏拳を学んだ高芳先将軍の系統が台中県で普及しており、 北部では、青島国術館出身で中国文化大学国術系で教鞭をとっていた孫紹棠教授の系統が普及しています。
文章では分かりづらい風格のため、参考資料として、youtubeリンクを添付します。