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摔角 ~中国武術の投げ技の集大成~

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中国武術といえば打撃系の武術であるという認識の方が多いのではないでしょうか。たしかに中国武術には拳や脚技がたくさんあり、一定の距離を保った状態ではそのような技法が多用されます。

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ですが中国武術には接近技法もあれば、取っ組み合いになった場合には投げ技も多用します。中国武術において投げ技に秀でた門派といえば筆頭に挙げられるのが「摔角」です。

今回は中国の伝統武術の中で投げ技に着目し発展した摔角を紹介します。

摔角とは

摔角摔角

摔角は摔跤や角力とも書き、もっとも古い運動、競技とも言われています。二人が組み合い、一定の規則のなかで技術と技巧によって相手を投げるという体系です。

組み技、投げ技が主流の武術は世界にもたくさんあり、中国摔摔やモンゴル相撲、ロシアのサンボ、日本の柔道や相撲等がこれに当たります。また古代ギリシャにも類似のスポーツがあったと記録があります。

摔角の歴史

摔角摔角

ここでは摔角の起源と歴史ついて探ってみます。

摔角は中国で古来から行われている武技の一つであり、最も古い武術の一つであるとも言われています。古代より摔跤や角抵、角力、相撲、とも言われています。

古代の武術といえば撃剣がありますが、武器を持たない徒手の状態では組み合いになることが多くその際の技術として投げ技は研究されてきました。

南朝の梁時代に執筆されたといわれる「述異記」には摔角と思われるものの記述があります。また春秋戦国時代にも摔角に相当する運動があったとされています。「呂氏春秋」や「淮南子」には角力と思われる練兵方法が書かれています。

隋唐期には摔角の体系は日本にも移入され、それが日本の「相撲」に影響をお及ぼしこの名称は現在も使われています。中原自体の古い文献に摔角に類するものがあることから、摔角は元代にモンゴルから伝えられたという推測は誤りとされています。

明の時代においても摔角は軍隊の訓練に取り入れられまた、清朝を起こし中華を征服した満州族もこれを重視しました。

後に南京に成立した中央国術館でも摔角は正科として採用され、ここでは摔角という名称が統一名称として用いられました。中国北方に偏在していた摔角の技術は南京中央国術館に採用されることで中国全土に広まりました。

摔角の分類

摔角摔角

摔角には大きく分けていくつかの分派があります。ここではそれらを消化します。摔角の分派は以下のものがあります。

北京摔角

北京摔角はまたの名を「京角」ともいい、満州族の摔角をその源にしています。清代には旗人(満州族を中心に構成する部隊)の間で訓練が施されていました。北京摔角は力を重視し、極め技に優れています。架子は比較的小さいことが特徴です。

天津摔角

天津摔角は清の善撲営と明の手搏を受け継ぐ流派です。風格は北京摔角と保定摔角の中間に位置し、動作は剛で勇ましく、打にも秀でています。

保定摔角

保定摔角は河北省の保定で伝承された技術体系です。動作が速いため別名保定快跤とも言われるものです。特徴は技術を重視すること、そして架子が大きいことです。近代から現代にかけて常東昇や王子平等の名人を輩出しています。

山西摔角

山西摔角は山西省北部の太原や大同周辺で練習される摔角です。足を抱える動作などに特徴があります。

蒙古摔角

蒙古摔角はモンゴル族の摔角で、内蒙古と外蒙古のスタイルに分かれています。上半身に牛皮でできた衣をまとい、下半身はパンツそしてブーツをはくというスタイルです。体の三か所が地面に着くと負け、というルールがあります。

摔角の状況

摔角摔角

ここでは各地域における摔角の状況について紹介します。

中国大陸

中国大陸は1953年の第一回少数民族運動会で中国摔角が正式種目に採用され、それからは中華人民共和国体育運動委員会にて中国式摔角等級性や中国式摔角規則が制定され、ルールが整備され今日に至っています。

台湾地区

中国大陸では運動を国家事業として推進し今日に至っていますが、台湾地区では民間の有志達により伝統技芸が伝承されました。一部は中央警察学校や警察関係の機関で採用されました。

これは摔角における摔と拿と打撃が融合した技術体系が警察官が求める技術とよくマッチしたからです。普及については民間でも自由に行われ、その風潮の中で中華民国摔角協会が民国77年に発足し伝統摔角保存、普及、人材の育成を担っています。

世界での普及

摔角の世界での普及で筆頭に挙げられるのはアメリカです。1982年にアメリカのオハイオ大学や軍警関係の要請により行われた表演が現在に至る世界への発展の第一歩となりました。

後にアメリカ摔角協会が発足、オハイオ大学でも摔角のクラブが組織され、中華圏以外での唯一のクラブ活動組織となっています。また摔角はアメリカに遅れてヨーロッパや日本でも普及が見られてます。

摔角のルール

摔角摔角

ここでは中国摔角の競技ルールを解説します。

現代の中国式摔角では選手の体重により10種の階級を設けています。1試合3ラウンド、1ラウンドは3分間です。ラウンドとラウンドの間には1分間の休憩時間んを設けています。また試合は8m四方のマットの上で行われます。

摔角を練習する際の服装

摔角摔角

摔角を練習する際によく用いられる服装は白色の半袖で襟、袖、裾に赤色や青色の縁取りがされた木綿のものです。これに帯をつけて使用します。

またズボンは黒色や白色を着用する方が多く、おおくは北拳の練習ズボンで代用します。靴は、レスリングシューズのような長い紐のある靴を着用することが多いです。

摔角の技一覧

摔角摔角

ここでは摔角の技をいくつか紹介します。

大拿別子

相手の袖と襟を掴み、相手を腰の上に持ち上げながら、相手の両足をこちら片足で駆る動作です。

挟頭別子

大拿別子とよく似た動作ですが、これは、襟をつかむのではなく、片手は相手をヘッドロックしながら相手の両足をこちら片足で刈る動作です。

支別子

片手で相手の胸ぐらを掴み、もう片方の手で相手の手を掴んで、相手の両足をこちらの片足で刈る動作です。

抱胳膊別子

相手の片手を肘の上から腕を絡ませて両手で持ち、相手の両足をこちらの片足で刈る動作です。

蓋後圈別子

片方の手で相手の帯の背中部分を掴み、もう片方で袖をつかんで、相手の両足をこちらの片足で刈る動作です。

搵別子

相手の胸部分の襟を掴み、もう一方の手で相手の脇を抱え込んで、相手の両足をこちらの片足で刈る動作です。

挂帶別子

相手の脇を掴み、もう一方の手で相手の帯を掴み、相手の両足をこちらの片足で刈る動作です。

手別子

片方の手を相手の大腿部に沿え、相手の両足をこちらの片足で刈る動作です。

手脚別子

片方の手を相手の大腿部に沿え、片足を出しつつ相手の両足を刈る動作です。

挟頭挑勾子

袖と首の後ろの襟を掴みつつ片足を相手の両足の間に入れて足を刈る動作です。

蓋後圏勾子

後ろから帯を掴みつつ片足を相手の両足の間に入れて足を刈る動作です。

挟頭搵

頭を抱え込みながら、相手を背中に乗せて投げる動作です。

蓋後圈搵

後ろから相手の帯を掴みつつ背中に乗せて投げる動作です。

圈胳膊搵

脇を手で抱え込み後ろから帯を掴みつつ背中に乗せて投げる動作です。

抓小袖揣

片方の手で相手の袖を掴み、片手を相手の膝に沿えて相手を背負い投げる動作です。

見手揣

相手の方手を両手でつかみ、相手を背負い投げる動作です。

大拿扑脚

両手を掴みながら、片足で相手の両足を引っ掛けて投げる動作です。

架梁脚

手を相手の脇の下から背中に通し、もう一方の手で相手の前腕を支えながら、相手の両足を引っ掛けて相手を前方に投げる動作です。

扠踢

相手の背中を手で抱えてながら、足首で相手の足を引っかけて投げる動作です。

扑踢

相手の手を掴みながら、自分の片足の足首で相手のふくらはぎを刈り投げる動作です。

抓小袖褨圧

相手の片腕を両手で持ち下に引っ張りながら持っている手の逆の足を引っかけて投げる動作です。

反夾頭褨圧

上から首をロックしつつ、足を引っかけて投げる動作です。

扒拿子

相手の足を自分の足を引っかけ、引っ掛けた足をすくいながら投げる動作です。

躺扒子

相手の襟首を後ろから掴みながら相手の前足を中から引っ掛けて自分も手折れながら倒す動作です。

一得合

両手でそれぞれ相手の体を掴み、自分の片足を相手の内側に入れ込みつつ、相手を前に押し倒す動作です。

手得合

隙を見計らい相手のふくらはぎを掴んみつつ、もう方の手で相手を前方に押し倒す動作です。

箍腰楼子

相手の腰帯を両手でつかんだ状態で外側から膝に足を絡ませて倒す動作です。

抓直門挽

両手で相手の服を掴み、片足を相手の両足の間にいれて、半身の背負い投げをする動作です。

弾擰子

両手で相手の服を掴み、相手を左右にゆすり、相手を左右どちらかに投げる動作です。

散手弾擰子

両手で相手の片腕を掴み、自身が回転しながら相手の手を引きつつ、相手を投げる動作です。

扣腿

片手で相手の膝裏を抱え、もう一方の手で上半身を押して倒す動作です。

単抱腿

両手で相手の片足を抱いて上に持ち上げて投げる動作です。

摔角の基本練習

摔角摔角

ここまでは摔角の招式を紹介してきましたが、ここでは摔角の基本練習を紹介します。基本練習には以下のようなものがあります。

別子

別子は撩腿という片脚を上げる補助練習です。上げた片足は側面に向けます。ポイントは足を上げたときに目線は軸足のつま先を見て、頭を下げ、上半身を下に向けることです。

扑脚

扑脚はしゃがむ、蹴り上げを交互に行う補助練習です。足首をしっかりそらせて上に蹴り上げる動作を左右交互に繰り返します。

勾子

勾子は撩腿という片脚を上げる補助練習です。上げた片足は後ろに向けます。ポイントは足を上げたときに目線は軸足のつま先を見て、頭を下げ、上半身を下に向けることです。

蹦子は膝を曲げて坐盤になり、臀部を踵の上になるまで腰を落とし、そこから体を捻りつつ両腕を振り回しながら足を伸ばし体を前傾姿勢にする練習です。

挽はバンドを持ちながら行う補助練習です。バンドやベルトの両端部をもち、足を踏ん張りながら上半身を回転させ、摔で必要な整勁を練る練習です。

摔角に関する歴代人物

摔角摔角

摔角で著名な人物を何名か紹介します。

平敬一

平敬一はまたの名を平洛敬といい、保定の清真寺(モスク)の武術と摔角の指導者でした。

馬蔚然

馬蔚然は平敬一の弟子であり、南京中央国術館の教官として招聘され、保定摔角の全国的普及に貢献した人物です。

張風巖

張風巖は平敬一のもとで摔角の技術を学んだ人物です。中華民国第五回運動会では弟子の閆善益が中量級で優勝するという成績を残し、第六回中華民国運動会では馬文奎が重量級で優勝しています。

常東昇

常東昇は通り名を「花蝴蝶」と言われた名人です。彼は12歲で張鳳巖に入門し、1933年に行わえた南京全国武術国考中で優勝し、「 武状元」と 呼ばれるようになりました。

1949年には台北市に転居しその後は中央警官学校や政治大学、中国文化大学などで摔角の指導と普及に尽力しました。

摔角のまとめ

摔角摔角

今回は摔角について解説しました。摔角の革新技術は「摔」つまり投げですが、摔角も他の北派武術の例に漏れず

  • 打(打法)
  • 踢(腿法)
  • 摔(投げ技)
  • 拿(極め技)

を含んだ総合武術です。

摔角は、教門長拳や査拳等の回族の武術に大きく影響を与えているばかりではなく、程派八卦掌が実例される通り、様々な門派に取り入れられています。

特に保定摔角が有名ですが、摔法そのものは中国北方で普遍的に武技に含まれてきた概念であり、私たちが各種の北派武術を研究するにあたり、ぜひ参考にすべき門派です。

機会があれば摔角を体験ください。皆さんの武術の研鑽に大きな参考になると思います。

このブログが皆様の中国北派武術の研究の参考になれば幸いです。

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