忍術と言えば諸国を探索し情報を収集するのが仕事です。情報を収集するには現地に溶け込み誰にも怪しまれない風体を装う必要があります。そこで忍びは様々ないでたちをして自身が密偵であることを隠し、諸国に潜入し、聞き込みを行ったりしました。
情報は山の中には落ちていません。情報は人の行きかう市中や村落にこそあるものです。諸国探索を行い、人のいる界隈を歩き回って怪しまれずに口から零れ落ちる情報を集めるには変装をすることが有利でした。
正忍記という忍術書では変装術を七方出という名称で紹介しています。
今回は七方出という忍びの変装術について解説します。
目次
七方出とは
七方出七方出とは忍びの変装術のことを言います。七つの形が良く利用されたことから七方出という名前が変装術につけられたのでしょう。正忍記に記されている忍びが変装する際の姿は、以下の7種が記載されています。
虚無僧
虚無僧とは顔全体が隠れる深い笠を被り尺八を吹くイメージのある禅宗の一派である普化宗の僧侶のことです。実物は何度かしか見たことはありませんが、ゲームや時代劇ではよく見ることがあります。
深い笠を被っており顔を見られる可能性が少なく諸国を旅しても怪しまれにくいことからこれが七方出の一つに挙げられているのかもしれません。
出家
出家とはお坊さん、僧侶のことです。
人のいるところには寺があり、そこには僧侶がいます。僧侶は葬式や法事の時は寺を出て仕事場に向かいます。また旅の僧侶や托鉢僧ももいたことでしょう。
僧侶は仏法に基づいた生活をしているため人のものを取ったり犯したりはしないとされており人々の信頼を集めていたのです。
頭を丸めて法衣を着れば誰でも僧侶に化けることができます。適当に念仏を覚えておけば密偵の傍ら施しを受けることもできるでしょう。人に警戒されない姿としてお坊さんは格好の変装対象であったのです。
山伏
山伏は修験者ともいい、天狗のような恰好をしながら山で修業する人を言います。山岳信仰の修行者です。山深い所を歩いたりする特性上、街道を離れて深い山でいても不審に思われにくいという特徴があります。
また護符を販売したりして現金収入を得ることができ、便利に活動ができたことも忍びの変装に都合が良いものでした。
商人
商人、つまりは行商人や薬売り、旅をしながら商いをする人のことを言います。各地を歩いて商いを行うため怪しまれず、商いをしながら現地の人間とコミュニケーションをすることにより自然に情報を得ることができることが特徴です。
昔は訪問販売のような形で日用品が売られていたのでこれを利用して活動費用を蓄えながら情報収集を行うことができました。
放下師
放下師とは現在で言う大道芸人や猿回し、見世物小屋、サーカス団の団員のような職業です。街角の交差点や広場で芸を披露してチップをもらうという商売です。
元手が要らず身一つで世間を渡り歩くという性質上、よそ者であっても怪しまれず、街道を移動する理由にも道理があります。人々の往来が少なかった時代でも比較的怪しまれずに諸国を回れた職業でした。
猿楽
猿楽とは日本の古代や中世にあった芸能の一つです。能や狂言のもととなったものです。現代で言うと舞台で演劇を行う旅芸人一座のようなものです。諸国を旅しながら仕事をする関係上、どこにいても怪しまれない、繁華街で情報収集に当たれる職業です。
常の形
常の形とは普段の自分の姿のことです。農民であれば普段農業従事している姿、現代で言う会社勤めであればサラリーマンの姿等を言います。特に変装しているわけではありません。もっとも普通で最も日常的な姿を言います。
七方出の七とはこれら七種類の姿のことを言います。
七法出の出典元である正忍記
七方出七方出が記載されている忍術書は正忍記です。正忍記とは紀州藩の軍学者である名取名取正澄によって1681年に書かれたとされる忍術書です。国会図書館等に写本が残っています。
天地人の三部構成で忍び道具や変装はこれが正忍記が出典もととなっています。万年集海と忍秘伝と合わせて三大忍術書のひとつに数えられています。
現代に七法出は意味があるのか?
七方出さて、本当の忍術の意味を理解している方はそのようなことはしないと思いますが、現代において忍術書を読み解いてそれを再現することをに執念を燃やす方の中にはこの七方出をやってみようかというあほがひょっとしたらいないとも限らないので一応申し上げておきます。
正忍記に出てくる七方出の衣装を現代でやるのはただのコスプレであり、忍術からもっとも遠く離れてしまうことを意味する行為です。七方出にでてくるいでたちは室町期や江戸前期には有効な変装術ではあったでしょう。
ただ、現代でこれをやると普通に目立ちます。誰でもわかることです。ビジネス街や繁華街で山伏が歩いていることを想像してみてください。滑稽です。四国でお遍路さんに変装すると世間に紛れますが、それを行う戦略的意味はありません。
現代には新しい七方出の一スタイルが確立されているという話も聞きます。それは黒の忍者装束です。これが最も滑稽でレベルが低い忍術家の姿です。疑問を持っているのか、疑問を持ちながらキャラでやっているのか目立って気持ちいいのか、それはよくわかりませんが、面白い人が世の中にはいます。
七方出のあるべき姿
七方出上の七方出は意味があるのか、というところで否定的なコメントを書きましたが、よく考えてみると一部には現代でも通用するものがあることに気が付きました。ここでは現代に通じる七方出について解説します。七方出であるべき姿は以下の通りです。
複合機の修理スタッフ
コピーやスキャンを取る複合機の修理スタッフは怪しまれずに事業所や基地内部に出入りできる姿です。複合機の修理、定期メンテナンス等が目的であれば入館証を借りて堂々と潜入が可能です。平日に車で移動する際もスーツを着ているビジネスマン風なので違和感がありません。
コピー紙配送員
コピー紙配送員は定期的にオフィスを訪れるのが業務であるためセキュリティのあるオフィスに潜入しても怪しまれない姿です。事業所の人に愛想よく振る舞い顔見知りになっておけば自然と警戒心が解けまさか情報収集を行っている諜報業務をしているものだと思われにくくなるものです。
宅配業者
宅配業者の恰好をして車で住宅街を移動していても、雑居ビルに入り込んでも怪しまれることはありません。どこにでも出没でき怪しまれることがない服装です。
出前
出前といえば昔は蕎麦屋や寿司屋が一般的でしたが、今はピザの宅配やウーバーいーつなどのフードデリバリーサービスも一般化しています。
これらの業種は住宅街やマンション、事業場の中に入っても「だれか出前頼んでるのね」と思われるだけで不審に思われないのでいろいろなところを自然に出入りすることができます。お勧めのいでたちです。
自販機の補充スタッフ
自販機の補充スタッフはコインパーキングの入り口、道端、オフィスや現場に散在する自動販売機に飲み物を補充するスタッフです。街のどこにいても怪しまれないばかりか、私有地やオフィス、工場、基地などに侵入しても怪しまれません。
ガス検針員
ガス会社の契約スタッフはマンションやビルにあるガスメーターの検針を行います。彼らは住宅街、オフィス街、雑居ビル内に出入りしていますので市中ですれ違っても怪しまれることはありません。
電力会社の点検スタッフ
電線や電柱の点検スタッフは町中で活動をしていても怪しまれることはありません。また山中でも高圧電線の点検を行っている場合があります。現代生活には電気は欠かせないものですので電力会社による設備の点検は当たり前のものになっており、風景に自然に溶け込めます。
消防設備の点検スタッフ
消防設備の点検は法令で定められています。決められた周期に決められた数量の消防設備の点検が義務付けられており、それらを点検するのが消防設備の点検スタッフです。
一般的に専門の会社のスタッフが点検を行います。雑居ビルやオフィス、地下街など多くの人が利用する防火対象物に設置されている消火器などを点検します。
法律で義務付けられているものであり、定期的に実施されるものであることから怪しまれず業務の自然な空間に溶け込めます。
環境測定スタッフ
環境測定スタッフは事業所の工場や事務所の環境を測定する業務を行うスタッフです。環境測定も法令で定められているものですのでオフィスや現場で環境測定スタッフがいても誰も怪しみません。入場証を首からかけてセキュリティーの厳重なところにも潜入できます。
新聞配達
新聞配達員は早朝の人がまばらな時間帯に路上を行き来していても怪しまれない姿の一つです。同じものに牛乳配達や乳製品の配達スタッフがあります。マンションのエントランスにいても怪しまれません。
建設や修繕作業員
建設作業員や修繕作業員はビルの足場を作ったり、橋桁を駆けたり、外壁を修繕したり、様々なところで業務を行っています。事業所の敷地に立ち入って作業をしたり、屋根を修繕したり、いろいろなことをする業者です。
入場証をもって車で入場しヘルメットをかぶって作業をしていればそれなりの姿になります。数名で潜入し一人が修繕作業以外の仕事を行っても怪しむものは誰もいないでしょう。
配管修理業者
配管修理業は雑居ビルやマンション、工場で歩いていても怪しまれないいでたちです。入館証を首に下げれば堂々と行動が可能です。
空調機取付業者
空調機の取付事業者はオフィスや一般家庭に上がり込むことができる事業者です。空調機の取付事業者に扮すれば怪しまれることなくオフィスを出入りすることができます。
測量士
測量士は土地や建物の測量を行う業種です。国家資格であり、位置情報や測量技術を用いて正確な測量を行います。市街地や山中で測量士がいても誰にも怪しまれることはありません。
給食業者
給食業者は学校だけでなく、企業の食堂にも出入りし社員食堂サービスを提供しています。ですから怪しまれることなく企業の事業所、軍の基地に潜入でき行動できます。
入館パスをクリアしてからは着替えて違う業者に変身し、行動してり、給食業者に紛れ込んでも怪しまれる可能性は少ないと言えます。
秘書
秘書は会社で社長や会社幹部の執務の補助を行いますが、同時に重要な機密を知ることもできるポジションです。情報を得たいターゲットに信頼される秘書になれば情報はやすやすと手に入れることができるようになります。
NHKの調査員
NHKの調査員は新居に引っ越した人を訪問しNHK未契約者を見つけ出しNHKの放送契約させるための調査員です。マンションやアパート、住宅地でも怪しまれずに行動することができます。
置き薬営業員
今は少なくなりましたがドラッグストアが林立する前は田舎では置き薬屋の営業マンが軽自動車で家々を訪ねていたものでした。置き薬は玄関先でインターホンを鳴らしている姿を目撃されても怪しまれない職業の一つです。
瓦屋根補修業者
瓦屋根補修業者は町内や地方を車で回り痛んだ屋根の家を見つけては飛び込み営業をかけて屋根の補修や吹替を行う業者です。車で移動したり、低速で走行していたり、玄関でインターホンを押していても怪しまれる可能性が低い職業と言えるでしょう。
清掃スタッフ
清掃スタッフは事業所のオフィスなどを清掃するスタッフのことです。通常清掃業務は外注に出していますので清掃会社が事業所に出入りして業務を行います。堂々と事業所や基地内部に出入りできる仕事です。
宗教家
宗教家とは宗教の教祖やキリスト教の宣教師、神父、牧師、仏教の僧侶、神道の神主がそうです。地域によっては聖地を礼拝するためのビザを発給している国があったり、宗教活動のための滞在ビザを発給している地域があります。
宗教法人に所属して現地で布教などの宗教活動を行うという滞在するための大義名分が立ち、民衆とも接触でき、心の隙間に入り込みやすい立場であることから怪しまれににくい立場と言えるでしょう。
新聞記者
新聞記者はニュースがあるところに行って取材をしたり記事を書いたりするのが仕事です。
ですから国際的な事件があるところに急行し、状況を視察したり、現地の人にインタビューして情報を収集します。
業務として言っているわけですし情報収集を業務としているのでメディア関係者として聞き取りを行ってもそこには正当な理由があります。ですから聞き取りやインタビューを行っても怪しまれることがない職業と言えます
ジャーナリスト
ジャーナリストというと新聞記者を含むメディア全般を社会問題など情報を収集・分析し、発信する職業です。情報収集が仕事の中核を占めることからインタビュー、取材が自然に行われます。現地を視察する際に業務の正当性を主張できる職業です。
住み込み家政婦
住み込みの家政婦は昔から七法出の一つです。万川集海にある桂男の術とは、家政婦の男性バージョンであり、平時から住み込みの下人として長期間潜伏させる術のことを言います。
住み込みの家政婦は邸宅の中に自然に潜入でき、邸宅の中の情勢や情報を収集するのに持ってこいの職業です。現実に大使館や駐在武官の住み込みの料理人やメイドなどにはこのような業務を行っている人もいると思います。
映像作品で言うと、機動戦士ゼータガンダムに登場するアムロ・レイの邸宅のメイドは連邦軍からアムロを監視する業務を担っている密偵です。
ハウスクリーニング、家事手伝い
ハウスクリーニングや家事手伝い業は個人自宅に潜入でき易い仕事です。清掃や日ごろの掃除業務の中では情報収集を行う機会はたくさんあります。これらの機会をつかって外からは収集しにくい個人的な情報を長期間にわたり取集するのに家事手伝い業務は好適です。
ベビーシッター
ベビーシッターは家事手伝いやメイドと同じく個人宅に潜入でき易い仕事です。主が留守の間にも監視カメラを警戒しながら情報収集にあたることができ、個人宅にいること自体に正当性がある立場のため情報収集には便利です。
住み込みの執事
住み込みの執事は邸宅内に住み込んで仕事をすることから夜中に邸宅にいても怪しまれず、出入りを監視されることがありません。この特定を活用し情報収集を行うことができる職業です。
商社のバイヤー
商社のバイヤーは商品やサービスを買い付けるために日本国内や海外に主張して新規取引先を発掘したり、納期や価格交渉をする役割のビジネスマンです。
嗜好品であればコーヒーの生産者と契約したり、カカオ豆の買い付けに行ったり、紅茶の原料になるアッサム種の茶葉の生産地に赴いたり、また資源関係であれば油田、炭田、鉄山、ボーキサイト鉱山、レアアースの鉱山や貴金属の鉱山や精製所を例にして様々なところに出入りしますしそれがビジネスのためへき地に現れても自然な言い訳が成立します。
メーカーの海外アフターサービススタッフ
グローバルに事業を展開するメーカーは海外にもアフターサービスの拠点を設けています。
そこのスタッフはメンテナンスサービスや製品の保証のために駐在し消耗品を販売したり、オーバーホールに行ったりと顧客のところに出張して業務を行います。それに紛れて情報収集を行っても怪しまれる可能性は低くなります。
インフラ工事技術者
インフラ工事技術者は橋梁や道路などを作る土木作業の技術者ですが、彼らは人気の少ない山中や、中には海外で受注した案件のために長期的に現場に駐在し施工管理を行います。
作業服を着て現場監督をしている姿は仕事をしている人間そのものであり、情報収集を並行して行っていたとしても怪しまれにくい職業です。
日本語教師
日本語教師は海外の語学学校で日本語を教える仕事です。仕事はパートタイム的で融通が利きますし正規の労働ビザが比較的簡単に取得できます。
日本語を学びたいという需要は先進国、発展途上国にかかわらず比較的多く、正規のビザが出るため長期に海外に滞在できるため行動や滞在理由を怪しまれることがすくないことがメリットです。
国際協力機構スタッフ
国際協力機構(JICA)は日本の政府開発援助を実施する独立行政法人で、発展途上国への技術協力などを行う組織です。国際協力機構のスタッフは発展途上国の技術協力や資金協力を行ったり、災害援助を行う業務を行います。
発展途上国に駐在し、住民から感謝される業務を行うという面から現地住民の心理的な距離を縮め協力者を見つけやすい立場にいます。本人自身が情報収集を行うこともできますし協力者を飼いならして情報収集の手先として扱うことも可能です。
七方出のまとめ
七方出今回は正忍記にでてくる七方出という忍術について解説しました。正忍記にでてくる七種のいでたちは常の形以外は時代錯誤なものとなっています。
現代においてそれをそのまま町でやっているとじろじろ見られて目だちますし滑稽です。500年前の当時の伊賀の人は400年前に書かれた本を見てその通りのことをしてはいません。
そんなことしてたらただのあほです。忍術はその時々に合わせたものが使われます。これまで変化してきてこれからも変化し続けるものです。
七方出という名前の変装術について示してみました。さてここで皆さんに考えていただきたいのは忍術がどのようにあるべきかです。まさか時代錯誤な服装やいでたちでイキって忍術を語ろうかという人はいないと思いますが、一応念のため考える機会を提供冴えていただきました。
ちなみに今回例示した七方出の例は私が考えうる範囲のものであり、情報収集として実務に当たっている専門職の方はさらに進んた私が思いもつかない方法で変装と潜入を行っているということは皆さんもご存じの通りです。
忍術について考え、これを生かす方法、または何かの糧にしていただく方法を御一考願えればと思います。