本日も忍術の心得が詰まっている「伊勢三郎義盛百首」という歌集の中にある歌について、いくつか解説をしたいと思います。
今回は伊勢三郎義盛忍び歌百首の中から「立ち去り」に関する3首について説明します。
目次
城中(じょうちゅう)や 陣所をしると はやくただ 立ち帰るこそ 巧者(こうしゃ)なりけれ
現代語訳:城の中身や、敵の陣所を知ることができたら、早くその場を立ち去ることこそ巧者といえるのである。
解説:敵の陣地に侵入し、必要な指示された情報を入手できたのならば、できるだけ早くその場を立ち去ることが必要です。それが、確実に得た情報を持ち帰ることにつながります。
敵陣地で長時間滞在することは、敵に発見される可能性が高まることを意味します。焦って足跡を残すのはよくありませんが、目的が達成できたならばいち早く痕跡を残さずに立ち去りましょう。できれば敵方の人の往来の多いとき、または部隊が出発したり、出入り業者が出ていく時を見計らい出るようにしましょう。(三十六計の順手牽羊)
忍術には、陣地攻略、城取りの技術が含まれていますが、最も重要な技術は逃げる、うまく立ち去る技術です。立ち去るのにもっとも要領のいい方法は、敵に紛れ込んで堂々と敵陣を出陣したり出発することです。
敵にもし 見つけられなば 足はやに にげてかへるぞ 盗人(ぬすびと)のかち
現代語訳:敵にもし見つかってしまったら、足早に逃げて帰ってくることは、勝ったといえるのである。
解説:万が一、潜入中に敵方の歩哨に発見され、口八丁手八丁で言い逃れができない場合(敵方に仲間と錯覚させるなどに失敗)、足早に逃げ帰ることが重要です。それにて無事戻ることができれば、その諜報作戦は成功したということができるでしょう。
忍びの作戦行動は失敗することもあります。武士道を志す武士は、死ぬことで責任を放免されたりすることができますが、忍びはあくまでも最後まで生き抜き、情報漏洩、証拠隠滅を目的とするとき以外、そのようなことを行ってはなりません。
足早に敵陣を抜け出して逃げ去ることが重要です。逃げ去るためには、追っ手を攻撃することもあるでしょう。そのための欺瞞工作(石を投げて別の場所に音を出させる、目くらましをする、身代わりを立てる)などを使うことが推奨されます。
追っ手の追撃をかわすには、隠れる以外に、「おーい、さっき怪しい者があっちへ走っていったぞー、わしはこっちを探すから、お前はあいつを追いかけてくれ」と言って、追っ手をかわし、自分が何食わぬ顔で立ち去るという方法です。
忍術を指導している忍者教室では、座敷の受け身の取り方や手裏剣というものをほりなげる練習をさせるところ、中には刀術を指導するところもあると聞いたことがあります。ですが、忍術を指導しているなかで良い教室は、人のたぶらかし方、煙の巻き方を教えてくれる教室です。
道すぢに 目付をせんと 心がけよ 我が家わすれて ふかくばしすな
現代語訳:敵地に忍び込む際には、道筋に目印をしておくことを心がよ。目印をしないで、我が家に帰れないようになってはならないから。
解説:敵陣に潜入する場合、自分がわかる目印を作りながら、道筋を立てることが有効です。野戦陣地などへの潜入には、地雷原、塹壕、有刺鉄線、電気柵などの障害物を乗り越えて潜入する必要があり、帰還時には、来たところを戻るのは、障壁が取り除かれているので有利です。
歩哨が立っていなくても、無人の監視カメラや赤外線センサーで監視がされている場合もあり、ドローンが定期的に監視を行っている場合もあります。
もちろん来た道を敵方に察知された痕跡を見つけたならば、そこを通って帰還することは危険を伴いますので、別の通り道にて迂回するのが賢明です。
伊勢義盛忍び歌のまとめ
本日は、「伊勢三郎義盛百首」から「立ち去り」に関する歌を抜粋し解説しました。
敵陣地攻略を目指す戦闘部隊は、前進と攻略の完了を目指しますので、そこから立ち去ることについてはあまり考慮しません。戦闘部隊ではない情報収集のための人員は、情報収集のため、陣地に接近、潜入するという目的があるため、情報を収集しこれを持ち帰るのが目的です。
情報は入手次第送信するという方法もありますが、無線や電波を傍受される可能性もあるため、集めた情報と自分の目で確かめた状況を持ち帰り報告することは現在でも重視されます。
正確な報告を行うためには情報を持って帰還し報告する必要があります。忍びの心得は、潜入、前方への進撃ではなく、逃げ帰る、無事に帰還することなのです。
武士にとっては逃げ帰ることは恥じるべき行為かもしれません。ですが情報収集を行うことを目的とする伊賀侍のようなものにとっては、音もなく立ち去る技術が最も重要なのです。