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万川集海~伊賀・甲賀の忍術体系の集大成~

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伊賀や甲賀で世界的に有名な忍術。忍術には有名な忍術書というものがあります。その中でも最も有名な忍術書の一つに「万川集海」という伝書が伝わっています。

今回は伊賀流の忍術書「万川集海」を解説します。

万川集海とは

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万川集海とは江戸時代前期に執筆された忍術書です。伊賀国阿拝郡東湯舟村の郷士、藤林保武が1676年に執筆したものとされています。

現存する忍術書はいくつかありますが、名取三十郎正澄が記した正忍記、服部半蔵の忍秘伝と万川集海をもって三大忍術伝書と分類することが一般的です。

1676年に藤林左武次保武により執筆された万川集海ですが、これは細い川も集まれば海になるという意味合いで名づけられたものです。

万川集海が編纂されたのは1676年です。1676年と言えば江戸時代前期であり戦国期に現役で活躍した伊賀の忍びたちはすでに他界、または老齢で現役を退いている時期に当たります。

藤林保武は江戸時代前期を通じ、戦国期を生き抜いた伊賀国と甲賀郡の忍びたちやその子孫が聴き伝えた忍び稼業で使った技術や見聞きした経験談などを聞き取りし、一冊の伝書にまとめ上げたと考えられます。

伊賀の郷士や無足人、忍家の土蔵からは現在も時折、自家の由緒書きや古文書に紛れて万川集海の写しが発見されることがあります。

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万川集海の成立の理由の推測

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万川集海が執筆された理由を推測します。万川集海が執筆された理由としては、まず戦国の世に自身や近郷の老輩たちが使っていた技術を保存するため、ということが挙げられます。

江戸幕府が開き、徳川家が天下を統一する前後から地方の豪族の小競り合いなどの小規模な合戦が減り、夜襲、小規模な陣地攻略の機会が著しく減り、室町末期から戦国の世に日本中を飛び回った先人たちはすでに逝去しました。

その子孫には実践の経験がなく、年寄りから往時の状況を見聞きすることしかなくなっていくなか、伊賀の智慧と技術の結晶を記録に残したいという動機は否定されるものではありません。

また万川集海は仕官の売り込みのために書かれたという説を唱える研究者もいます。私はそれも万川集海を執筆する動機になりえると考えます。

藤林保武とは

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藤林保武は伊賀国阿拝郡湯船東湯舟村の郷士です。冨士林とも書きますが、一般には藤林と書かれ、東湯舟一帯には現在も子孫が健在です。また藤林一党の中世城館が中規模ながら存在します。

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万川集海の写本と蔵書

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万川集海は多くの写本が伝わっています。これらの多くは伊賀や甲賀の郷士の家に伝わっていますが、最も有名なものは内閣文庫本であり、これは国立公文書館に所蔵されています。

内閣文庫本以外に有名な写本は伊賀流忍者博物館に所蔵されている沖森文庫があります。

万川集海の文体の特徴

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万川集海の文体の特徴は「正心」を強調していることです。そもそも忍びの術は偸盗の術であり、邪の心があってもなくても盗みに応用が利くどころか盗みや潜入の術そのものです。

戦国時代を終えて泰平の世となった世界ではこれを強調することはあまりよろしくないと考えた著者が、正心という高尚が概念をこじつけて、支配階層や倫理観のある読書階級にも受けの良いないように仕立て上げています。

また文書の権威性を高めるため孫子、呉子、武経七書など普及し尚且つ比較的権威性の高い兵法書の記述を多用しています。これにより田舎学者の著書ではなく、伝統的で広い教養を持つ人物が執筆したものであることを示そうとしています。

万川集海が与えた影響

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万川集海は江戸時代に執筆された忍術書ですが、この内容が世間に広まったのは昭和になってからであるといわれています。

万川集海の内容

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万川集海の内容は以下の通りです。

万川集海の目録

一巻 序・万川集海凡例・万川集海目録・忍術問問答

忍術とは、万川集海について、万川集海の目録、忍術問答などについて

二巻 正心 第一

正心の重要性を中国の故事を交えて解説。心の上に刃をおいて忍びとするという理屈もここで解説。

三巻 正心 第二

正心を五行の理や陰陽、森羅万象を例に出して解説。ここでも中国と日本の故事を多く引用している。

四巻 将知 忍法の事

将知とは、将が忍者をつかうことによる利得や忍者の利用方法、忍者の配置、忍者を用いて陣地攻略を成功させる秘訣を「口伝あり」を交えながら解説している。

五巻 将知 二 規約の事

将が忍者を使う際の契約、取り扱い、連絡方法、潜入のさせ方、合図、同士討ちの防ぎ方、召し抱える忍者の基準などの解説がある。

六巻 将知 三 敵の陰謀を防ぐ総則

敵の陰謀を防ぐために行うべき、褒美、平等、賞罰についての概要を解説している。

将知 四 敵忍の潜入を防ぐ緻密な謀略

敵の密偵の侵入を防ぐ方法を解説している。例えば五人組を厳格に運用する、妻子を人質に取る等。

七巻 将知 五  敵忍の潜入を防ぐ緻密な謀略

ここでは、かがり火のたき方、警戒の仕方、敵味方の識別方法や、夜回りの具体的注意点についてを解説している。

八巻 陽忍 上 遠入の編

敵と正式に対峙する前から、将来に敵対する場合に備えて忍びを潜入させるための具体的な方法論を解説。

九巻 陽忍 中 近入編

対峙している敵の人に潜入したり情報を収集するための具体的な方法論を解説。

十巻 陽忍 下 目利きの編

田の深さや水の有無、陣営の人数の把握方法などの具体的な方法論を解説。

十一巻 陰忍 一 城営忍編(上)

陣地へ潜入する際の時刻、振る舞い、天気などの具体的な方法論を解説。

十二巻 陰忍 二 城営忍編(下)

石垣や堀の越え方、穴や樋からの敵陣の潜入の仕方、苦無や縄梯子などの使用方法などの具体的な方法論を解説。

十三巻 陰忍 三 家忍編

家に潜入する際に気を付けること、番犬への対処、潜入できるタイミングや潜入しやすい場所等の具体的な方法論を解説。

十四巻 陰忍 四 開戸の編

錠前の種類、錠前の外し方、外す際の注意点などを解説。

十五巻 陰忍 五 忍夜討の編

忍び夜討ちの際の持ち物、や潜入方法、携行すべき武器、準備、タイミングなどの具体的な方法論を解説。

十六巻 天時 上 遁甲編

時間、天気、天候についてを五行の概念も借用して解説。

十七巻 天時 下 天文編

天候や風雨、月の満ち欠け、時刻の知り方などの解説。

十八巻 忍器 一 登器編

登器とは梯子や打鈎のことで、高いところに上ったり、塀を乗り越えたりする際に使用するもの。

十九巻 忍器 二 水器編

堀や沼地を渡るための道具が記載されている。水蜘蛛等のイラストがあるがこれらが実際に使用された実績があるかは不明。

二十巻 忍器 三 開器編

戸をこじ開けたり、戸に穴をあけるための錐やしころなどの道具がイラスト付きで記載されている。

二十一巻 忍器 四 火器編

松明の作成方法、火薬の生成方法、提灯の制作方法などがイラスト付きで記載されている

二十二巻 忍器 五 続火器編

火薬の調合を中心に記載している。

万川集海 軍用秘記

かがり火の焚きかた、杭の打ち方、水の得方、兵糧の作り方、合戦の見積もり方法などが書かれている。

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万川集海に登場する忍術

忍者ここでは万川集海に登場する忍術をいくつか紹介します。

桂男の術

桂男の術とは、謀反を起こしそうな者や将来敵となる可能性のあるものの陣中や家中に忍びを潜入させておく術です。

戦や謀反が起こる何年も前から下男や奉公人として潜入させ、そこで信頼を得て確固たる地位を築かせることが必要です。正確な情報を外部に報告し続けることができる知恵と才覚と意志のある者を選んで遣わせる必要があります。

如景術

敵に少しでも謀反の兆候があったとき、すぐに行動し城下で奉公に出て、味方を引き入れる準備をする術です。

顔や名前を知られているような侍には適しません。時には偽の妻子を人質として差し出し信頼を得ることも必要です。

くの一の術

女を方便を使って敵陣奥深くに入れる術。奥方の従者などや大将の妾などにし重要な情報を吸い上げる術です。現代でもハニートラップとして活用される術でもあります。

隠蓑の術

くの一の術と合わせて行う術であり、くの一から奉公先の奥方へ荷物を取り寄せたいと頼み、それを取り寄せるという名目等により見方を内部に引き入れる術です。

敵方に見知るものが多く、信頼を勝ち取っておけば門戸の取り締まりが厳しい場所でも潜入できない場所はありません。

里人の術

敵地に行き味方になる人物を探し出し、巧みな方便、金品、将来の褒章等で引き入れて潜入させる術です。

蓑虫の術

蓑虫の術とは敵に仕えている者を味方にする術です。

この術を行うための方便は様々ですが、例えばターゲットを見つけたらそのターゲットから少し離れたところに居を構え、理由をつけてターゲットと知り合いになり、そこから趣味を足掛かりにして金品で手だまりとりつつ親交を深める。

そして、機をみて密談し、ターゲットの家族を人質に取ったうえで高い報酬を約束し、合図を定めて蓑虫にする、という技です。ターゲットを手玉に取るには酒、金、名誉、女などを活用し緻密に計画し行動すればターゲットを蓑虫にすることができます。

蛍火術

蛍火術とは、敵に有能な軍師、参謀がいる場合は、その軍師参謀が謀反を起こす証拠になるような偽書や偽情報を送り軍師の信頼を失墜させる術です。

偽書を縫い込んだ服を着せた忍者を敵地に潜入させて、不審な動きをさせてわざと捕えさせる。そして尋問に耐えさせ、最後の最後に偽書のことを白状しさせる。または敵将や軍師の家に奉公にでて潜入し、軍師の偽密書を持って挙動不審な振る舞いをしわざと捕まる。

そして拷問ののちに軍師の謀反を白状する。そのようにして軍師の信頼を失墜させ、敵方を疑心暗鬼に陥らせ作戦立案能力や指揮統率能力を奪う技です。

袋がえしの術

袋がえしの術は、自分は伊賀の出身で幼少から忍術を修行しており、召し抱えていただければ陣地潜入はたやすいことだと吹聴し、何らかの術を見せてまず敵に仕官し忍び込む、そして味方としめしあわせたうえで実績を示し、敵の信頼をえることを数回繰り返し敵を油断させ重用される。

それから機に応じて敵陣に放火し夜討ちを行い陣地を即座に攻め落とす、という術です。

天唾術

敵方の忍びを捉え、知行を保証する代わりにこちらの忍びになるようにして敵の忍者を味方にする術です。

敵方の情報を吸い取り、そしてその忍びを敵方に返す時には、こちらの陣中の偽情報を漏らして送り返します。解放された忍者は敵方の陣地でこちらで知りえた情報を報告することになります。

弛弓の術

弛弓の術は、味方の忍者が敵方に捕まってしまうことを想定して行う潜入術です。

もし味方の忍者が敵に捕まることを想定し、捕まってしまった場合には「生活が困窮し、家族が人質にとらわれていることから仕方なく相手方で仕事をしている」「もしこちらで俸給を与えていただけ、家族を助け出してくれれば、仕官する」という言うように指示しておき、しばらく、敵方の勢力に仕えさせます。

そして、しばらく仕官したのち、味方方に潜入する命を受けてあらかじめ口裏合わせをしていた建物を攻略したり、偽の将の首を取らせる働きをさせて敵陣に戻させます。その後重用されたところで、敵の将を打ち取ったり、陣地攻略の手引きをしたりをさせるという術です。

やまびこの術

やまびこの術とは、世間が自分が使えている将がだれか知っている場合に仕掛ける術です。

まずは主君と仲たがいを演じ、自分を牢に入れさせ家財を没収させたりします。その後、味方を殺して逃亡し、敵方に寝返るよう演じ、味方の情報の中で比較的価値はないが敵が飛びつきそうな情報を伝えます。

これによって敵方を信用させたのち、敵に仕えて敵方に礼節を尽くし収賄し、懐かせつつも腹を探りる。時がきたら、味方と話し合わせて敵将を打ち取るか、陣地を焼き討ちする、という術です。

逢犬術

逢犬術は忍び込むときの方法です。番犬は吠えるので犬のいる家に忍び込むには犬を処理しなければなりません。

犬がいる家に忍び込むにはその3日ほど前に、毒を入れた握り飯を犬のいるところに投げておきます。

万川集海では馬銭を一分ほど混ぜた焼飯とあります。これを犬が食べると犬はすぐ死ぬとあります。

陽中陰術

陽中陰術とは、くノ一を予め敵地に潜入させ、その手引きにより潜入する方法です。ターゲットの位が高い場合、相手の寝室がわかりにくいことがあります。

その場合、下女として、飯炊き女として屋敷に奉公するくのいちから情報を聞き、行商や大工、左官などにふんして屋敷に入り込むという術です。

驚忍の術

裏口に一人忍びを置いておき、屋敷の表で喧嘩をしたり、騒ぎを起こしたり、親類が危篤だと叫びまわる。そうすると下人や主人はみな表に出てくるのでそのすきに裏口に配した忍びを潜入させるという術。

鼾の音を聴く術

ターゲットが熟睡したかどうかを調べるには、ターゲットの寝ている隣の間まで忍び込み聞き筒でその鼾が本物かどうかを聞く。雨音で鼾が聞きづらいときには窓まで近寄って鼾を聞く、そのような術です。

観音隠れの術

観音隠れの術は、敵の歩哨が見回って来るときに壁や植木や柴の隙間にいき袖で顔をおおい、息を殺して隠れる術です。敵が近づいてきたときはむやみに動いて音を出してしまうより、足音を消し息を殺して小さくなっておけば、案外見つからずに済みます。

鶉隠れの術

鶉隠れの術とは、手足を屈めて首を引っ込め、物の近くにすり寄って隠れる術です。息を殺して体をできるだけ小さく丸めてうつぶせになって体を動かさずじっとしていると人は動かないものには注意を払わないのでその場をしのぐことができます。

違いの術

追手が迫ってきたときは、堂々と大声で「夜討ちだ、出会え」と叫び、「曲者は西に逃げたといっている、西を探されたし」と触れ回り、自分はその逆に逃げる術のことを言います。

狸隠れの術

狸隠れの術は、これ以上逃げられないと思ったときに樹の上に登って隠れる技術です。名前の由来は、狸は犬科のために樹に登れないはずだというところから来ています。

人間の目は横に長いアーモンド形をしており、水平面の状況変化を捉えることに長けますが(サバンナでの活動が長かった名残でしょうか)上面への視線や意識が向きにくい構造になっており、これを利用したものが狸隠れの術です。

隠れる樹はできるだけ葉が生い茂ったものにしてください。

狐隠れの術

狐隠れの術は隠れる際に水中にもぐり、頭から藻や菱の葉を被り、口だけ出してやり過ごすという技です。狸隠れ、狐隠れ双方において共通して言えることは、これらは暗い夜という状況での隠れ方です。

現代においては夜間でも暗視装置、赤外線装置、強力なLED灯、サーチライト等の光学機器が発達しており、夜間は提灯と松明や月明かりしかなかった戦国の世とは環境が異なることを認識しておきましょう。

万川集海のまとめ

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今回は室町から戦国期にかけて活躍した伊賀の忍びの技を、のちの江戸時代になってから見聞を集めてまとめ上げて作成された万川集海について解説しました。

万川集海には忍器や忍具の紹介もあり、現代においては全く役に立たない陳腐化した技術体系が書かれている部分もありますが、情報収集、攪乱、潜入、小規模陣地の攻略においては多少参考にできる部分があることは事実です。

万川集海に記載された内容を古文書を読み解くかの如く再現したりすることはバカバカしく、伊賀の忍びとしてのセンスを問われることなので絶対にやめていただきたいですが、人の心の隙間に付け込む技術の一端を知ることができればと思います。

忍術は、生き残りの技術でもなければ戦闘技術ではなく、情報収集を有利に行い、情報によって人間をかく乱するという点から、人間の心理については当時としてはなかなかよく研究されたところもあります。

そのまま参考にするのではなく、エッセンスを抽出するがごとく読んでみることをお勧めします。このブログが伊賀流忍術を理解する上での参考になれば幸いです。

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