本日も忍術の心得が詰まっている「伊勢三郎義盛百首」という歌集の中にある歌について、いくつか解説をしたいと思います。
今回は伊勢三郎義盛忍び歌百首の中から「逃げ道」に関する3首について説明します。
目次
しのびには ゆくことよりも 退口(のきくち)を 大事にするぞ 習ひなりける
現代語訳:忍びは、敵陣地に入り込むことよりも、逃げ道を確保することを大事することが、忍びの習いである
解説:忍びは諜報活動や破壊工作のために、時には敵陣地深く潜入することがあります。また有事が発生する何年も前から敵地に潜入し現地に溶け込み、信用を得るように振る舞うこともあります。
諜報活動や破壊工作は、だれが行っているのかを敵方に悟られてはならず、そのためには、仕事を遂行後、捕まらずにそこを立ち去らなければなりません。そのためには退路をしっかり確保しておくことが重要です。
作戦が開始された時には、一般的には忍びは何食わぬ顔で、敵の懐の深いところへの潜入が完了しています。ですから、そこからはどのように立ち去るかが重要な要素となります。忍びは平時から作戦が開始され、自分の任務が完了したら、どのように立ち去るか、どのような経路を使って現場を離れるかを調べています。
作戦遂行が完了した直後に姿をくらませば、自分が敵方の間者と相手に推測される可能性が高くなります。その場合は、敢えてしばらくの間敵地に留まり、自然に立ち去る口実が現実味を帯びるまでの間滞在することもあります。
忍びにとっては退避経路、退避方法をよく考えることは敵の中枢に潜り込むこと、敵の信頼を得ることと並んでとても重要です。時には関係のない人間に諜報員という身分を擦り付けて、自分にむきかけた目をそらすことを行い、自分自身が自然に敵方を去る方法まで使います。
伊賀の忍びはそのようにして煙の末の如く、においもなく、音もなく、形もなく姿を消します。誰もそこにその人間がいたことすら気づかないほどです。
ただ人を つれてしのびに 行く時は まづのき口を しるしをしへよ
現代語訳:ただ人を連れて忍び稼業に行くときは、まずは逃げ道を確保して、一緒に連れてきた相手へ教えるようにせよ。
解説:敵地、敵の陣地に少数で潜入する際には、退路を確保し、安全に立ち去れるよう配慮する必要があり、そのために考えられる退路をメンバーに周知することが重要となります。少数での敵陣への侵入する際に、一人でも捕縛されてしまえば、そこから作戦計画が敵方に漏洩する可能性があります。
作戦の全体象について、忍びには知らせないことが一般的です。もし忍びが捕縛された場合でも敵方をかく乱できるよう、忍びには偽りの全体の作戦行動計画を教えておくという方法も行われます。
まずは、作戦遂行を確実に完了し、そこから速やかに立ち去れるよう周知しておくことが忍びには重要です。忍びを養成するには時間がかかります。自家の小作人や下人の家から見込みがありそうな子供を選ぶ、または他国から子供をさらってきたり、買ってきて下人とし、開錠術や人の弱みに付け込んで人をなぶる技を仕込まなければなりません。
忍び稼業を受注し、管理し、派遣する土豪衆にとって、忍びは大事な商品であるとともに資源です。敵方に捕縛されず無事に帰ってきたほうが、また次の戦で使いまわせるので一儲けできます。大事に使って長く儲けるためには帰ってきてもらわなければなりません。
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しのびにも 又夜うちにも 行く道を かへるは大事 ゆきぬけはよし
現代語訳:忍びを行うことも、夜討ちをするにも、行く道から帰ることが大事である。また通り抜けするのもよい。
解説:忍び夜討ちを行ったり、夜間敵陣に潜入する際にも、来た道を通り帰るほうが通っていない場所を通るより、立ち去りやすいという意味です。もし潜入に利用した経路以外を経由して立ち去る必要がある場合、あらかじめ退路を確認し、罠、障害、歩哨の有無を確認しておくべきです。
忍び夜討ちを行う際に通った道は、行くときに一通り障害を確認済みなので帰りにも同じところを通って帰れば便利です。罠や待ち伏せだけには気を付けなければなりませんが、全く別のところを通るよりは楽です。
まとめ
本日は、伊勢三郎義盛百首の中から、逃げ道について解説を行いました。戦闘部隊は、敵陣に討ち入り、制圧することが目的に編成されており、退路については、戦略上の陽動作戦を実施する場合以外には考慮する必要があまりないかもしれません。
ですが忍びにとっては諜報活動、情報収集、破壊工作を成功させ、そのあと、立ち去り情報を持ち帰ったり成果を報告することで役務が完了し日当がもらえます。攻め入るだけしか能がない戦闘部隊とは違い、忍びは帰還することまで考慮に入れ、多くのことを考えながら業務を遂行します。