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なぜ伊賀で忍術が発達したのかについての考察

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忍術と言えば、山深いところで訓練をする等、独特のイメージがあると思います。実際に、戦国期に最も有名であった忍びの集団を保持していたのは、甲賀郡、伊賀国でした。山と農地が絡みあった地域は日本全国北は陸奥南は薩摩まであるわけですが、なぜ伊賀甲賀にて、発達したのか、本日は、伊賀地域の状況について解説します。

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なぜ忍術が伊賀甲賀で発達したのか

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なぜ忍術が伊賀甲賀で発達したのかを考えるには、地理的要因、文化的要因、土地の風土を参照する必要があります。

伊賀地域は、地形が複雑で効率的な耕作が行える土地が少ないです。昭和中期の空中写真を参照すればわかります。小さな谷地に至るまで開墾され、土地が開発し尽くされていることが写真から見てとれます。

伊賀地域は四方を山に囲まれていますが、河川の源流部以外、古来より人の手が入り込んでおり、大山脈をいただく信濃、飛騨地域のような山深さはみられません。よって、伊賀が山深い地域であったから忍術が発展したという仮説を説明することはできません。

ではなぜ、伊賀地域で忍術が発展したのか、それは以下の何点かの仮説を挙げることができます。

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 大伽藍の荘園が多く中央政権からの治外法権があった。

伊賀国は、東大寺、興福寺を筆頭に大伽藍の荘園が数多く存在し、朝廷及び幕府による中央政権が及びにくい土地柄でした。荘園は大寺院から任命された荘官、下司が管理し、南伊賀の黒田荘では代々大江氏が下司を務めたと東大寺の記録に記載がみられます。

黒田荘の大江氏は後に東大寺による支配から独立を画策し、「黒田の悪党」と呼ばれ中世史に名を残す大悪党として現在まで伝えられています。

複雑な地形、深い霧

伊賀は古琵琶湖特有の粘土層で複雑な地形、濃い霧により、落人にとって身を隠すのに都合がよく都からの落人が居住していたとされます。11月下旬から12月にかけて、伊賀では朝方深い霧に包まれます。丘陵地、間道、谷が複雑に絡み合う地形、深い霧により、平地に住む人にとっては迷路のような様相を呈していたと考えられます。

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畿内にから外れている割には文明に明るかった。

伊賀国は、山城国南部、奈良盆地まで徒歩で一日で行くことができ、伊賀北部では木津沿岸経由、伊賀南部では宇陀郡経由で畿内の最新文化が流入し、畿内以外の地域の中では文明に明るい地域であったと考えられます。

地理的に都から近く、情報を入手し易かった

山城国南部まで徒歩で一日、おそらく馬や駆け足ではもっと早くたどり着けることができる距離であるため、京の都から距離的に近く、情報を入手しようと能動的に動けば、情報が入りやすい地域であったと考えられます。

都近辺での合戦に出かけやすかった。

地理的に、応仁の乱、戦国期前期の合戦地に近いため、戦の場所へ出かけやすい地理的条件が整っていました。

伊賀根性(しなごさ)

地理的要因だけで伊賀で忍術が発達したことを説明することはできません。なぜならば、京都から同じような距離にある、適度な山間部は、伊賀以外にも、奈良県の山間部、京都府北部にもあるからです。伊賀で人の皮をかぶった鬼足らしめる忍術が発達した最大の原因として私が考えるのは、伊賀の根性です。

伊賀の風土については以下のような記載がみられます。

「南北朝以降、当地は正しき守護職の治定なきに依って国たみ邪悪に募り、無道の我意を行跡、猥りに貢腑をいれず慢心を兆し、身の断絶を知らず。血気の勇者となりて、無上の奢り分限を忘れ、凡下の輩、有職の官名を犯し、己々住所の周囲を深く掘切り、泥塁を支え、土居高く築きて厳重に柵を振り、虎落を結い、逆茂木を仕掛け。門戸厳しく要害細密にして、専ら兵員を事とし、邪暴の旗峰をひるがえす。親子兄弟戦い合い、親の仇、子の仇、眷族縁家の宿意を遂げて本懐を達せんと欲する条、一睡の間も安堵の思いに任せず」

つまり伊賀の人間は、親子兄弟戦い合い一睡の間も安堵の思いに任せないほど熾烈な歪見合いを続けていたということです。「伊賀の根性」、「伊賀根性」と言われることがある根性は、「我慢強い」「辛抱強い」「粘り強い」という意味ではありません。妬みと僻みが重なりあい、縺れ合い出来上がった「しなごい」根性です。

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まとめ

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今回は忍術の発達要因として地理的条件、伊賀人の性格要因を述べました。なぜ伊賀の人間にこのような個性が身に着いたのかについては、今後の研究課題とし、別の機会に発表をさせて頂ければ思います。

忍者と忍術の研究について、地理的要因を忍術発祥の原因として発表されてる方はおられますが、伊賀人の性格と根性について、言及した発表はおそらく今回の記事が初めてになると思います。

これらについて興味を持って頂ければ嬉しいです。

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