程派八卦掌とは程廷華を祖とする八卦掌の支派の一つです。八卦掌は中国武術の門派の中でも最も新しい門派の一つであり、程派八卦掌はさらにその支派となります。
今回は、程廷華が体系を整理した程派八卦掌について解説します。
目次
程派八卦掌とは
程派八卦掌は、董海川から八卦掌を学んだ程廷華が創始した八卦掌です。程廷華は尹福と並ぶ八卦門の弟子のひとりです。程廷華は北京の崇文門外で眼鏡屋を経営していたため、世の人から眼鏡程とも呼ばれていました。
程廷華は幼少期から学んでいた摔角の技術を八卦掌の中に取り入れ、自身の経験と不断なる改善を取り入れながら程派八卦掌を構築していきました。
程廷華は崇文門(北京城の南側の門の一つ)外で眼鏡店を開いていたため程廷華の八卦掌は南城派とも言われています。尹福が伝えた尹派八卦掌は王府(貝勒等の貴族階級の邸宅)の護衛関係者などに伝えられたのに対し、程派八卦掌は北京の姿勢に広く普及しました。
程派八卦掌の動作の特徴
八卦掌は拳より掌を主として用いるため門派の名前に掌が使われています。ここでは特に程派八卦掌の特徴について解説します。
龍爪掌
尹福が伝えた尹派八卦掌では牛舌掌という掌を使うのに対して、程派八卦掌では龍爪掌という指をやや開いた掌を使うのが特徴です。
龍身(遊身)
程派八卦掌の風格的特徴は動作が大きく柔らかいことです。龍が水間を泳ぐような様子から、「遊龍」にたとえられ、龍身八卦連環掌や遊身連環八卦掌とも言われています。
淌泥歩
程派八卦掌の歩法の特徴としては、淌泥歩が挙げられます。淌泥歩とはぬかるみの中をスーッと滑るように前進する歩法です。これを形容して淌泥歩と呼びます。つま先を上げながらテクテクと歩くのではなく、前に出した足を足の裏全体を水平にしながら前進することに特徴があります。
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程派八卦掌の技撃面の特徴
ここでは程派八卦掌の技撃面の特徴について解説します。程派八卦掌の技撃面の特徴は以下の通りです。
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掌打を多用する
一般的に格闘技、武術などは中指の付け根の骨を中心とした拳面で相手を打つ拳打を多用するものが多いですが、八卦掌では掌を多用します。特に程派八卦掌は掌法の中でも指先を使って打つ穿掌より、掌底を中心とした掌打を多用する武術です。
拳打は、拳骨という固い部分を使えるため、うまく当てれば小さな面積に打撃の応力が集中できるというメリットがあります。鋭い拳打は胴体にも突き刺すような攻撃をすることが可能です。
掌打ではそのような攻撃力を期待することはできませんが、接触面積が大きいため、相手に接触した瞬間に滑りにくく、こちらから打ち込む体重をロスしにくいという特徴があります。またうまく当てれば、胴体の中に波紋のような衝撃を送ることができるとされています。
戦車や艦砲の弾頭でも徹甲弾という、敵の装甲を貫くための先端の尖った砲弾は角度によっては被弾時に滑ったり、装甲に弾かれてしまうというデメリットがありました。そのような弾頭が効果を発揮しにくい装甲に対し、現在は粘着弾頭という砲弾が開発されています。
粘着榴弾は、固い弾頭が装甲を貫通することを目的としたものではなく、目標に着弾後、つぶれて表面に密着し、その後起爆されることにより発生した衝撃波で装甲の裏側が剥離飛散する現象を引き起こし、その破片によって内部の人員や機材を破壊するというものです。
掌打はこの種の弾頭に近いイメージの打撃を起こすことができると考えられています。
動作が摔法と融合している
程派八卦掌は指先で突き刺す穿掌より、摔法、つまり投げ技を多用します。掌の形が腕や袖、襟を掴むのに適した龍爪掌であることがそれを物語っています。淌泥歩で重心を落とした姿勢をキープする習慣を体に着けさせ、回転動作を練ることにより、それが摔の身法を練ることにつながっています。
相手の攻撃に反撃するスタイル
程派八卦掌は相手の攻撃を受け流し、反撃をするという技撃戦術を取ります。これには
「人不犯我、我不犯人」(人が自分を侵しさえしなければ、自分が人を侵すことはない)や、「空手に先手なし」や「不争の徳」、「君子喧嘩せず」という非好戦的な姿勢が表れています。
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程派八卦掌の練習カリキュラム
程派八卦掌の練習カリキュラムは概して以下のようになります。
淌泥歩
一般的な北派武術の学習手順は、まず歩形を練るところから始まりますが、八卦掌では最初から歩形ではなく淌泥歩の練習を開始します。重心移動と過渡式からカリキュラムが始まるところが八卦掌の特徴です。非常に高度な内容から練習がスタートします。
入門のハードルが高いというデメリットがある反面、初級者にありがちな「居つき」という癖をつけさせないというメリットがあります。これは八卦掌の考案者や学習者の多くが北派武術の基礎を心得たレベルの者たちであったことと深い関連性があります。
歩行という重心移動を伴う動作はなかなか難解な動作ですので、まずは直線で淌泥歩をよく練る支派もあります。
転掌
淌泥歩の格好がついてきたら、それに角度をつけて円周上を歩く転掌を練ります。外歩を扣歩として内側に角度をつけ、裡歩すなわち内側の歩は直線状に前進することにより円形に近い形が出来上がります。
換掌
転掌で円周上を淌泥歩で歩くことに慣れたら次は換掌の練習に入ります。程派八卦掌の換掌には以下の8つの基本形があります。
- 単換掌
- 双換掌
- 順式掌
- 背身掌
- 翻身掌
- 磨身掌
- 三穿掌
- 回身掌
九宮
九宮は八卦掌の中でも比較的複雑な軌跡を描いて歩行する歩行樁です。九宮とは八卦にちなむ八宮と中宮を合わせた九つの宮、つまり九宮をぬって歩く歩行練習です。九宮を穿行する過程において、敏捷で変化自在の歩法、攻防意識と無限の変化を練ります。
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程派八卦掌の兵器
程派八卦掌でも北派中国武術共通の四大兵器を練りますが、八卦刀や子母鴛鴦鉞が門派独特の兵器となります。
程派八卦掌の伝承者
程派八卦掌の代表的な伝承者は以下の者が有名です。
程殿華
程殿華は程廷華の弟で、程老四と呼ばれていました。体躯がよく幼少から武芸に親しんでいました。八卦掌は兄程廷華に劣らない名手で、兄と共同で程派游身八卦連環掌を立ち上げ、程派八卦掌の名声を高めました。
程有龍
程有龍は程廷華の長男で字を海亭といいます。程有龍は父親の厳格な教えのもと家伝の技芸を学び、父が学んだ功夫の技芸を継承しました。
程有龍は天津や北京などで武館を設立し多くの学生に技を伝授しました。程有龍から八卦掌を学んだ人物としては、孫錫堃、馬德山、朱文豹、呉俊山、陳泮嶺などがいます。
程有信
程有信は程廷華の次男で字を湘亭といいます。程有信も幼少から武術を好み、父親の遊龍のごとき身法、猛虎もような発力を子供のころから近くで見て育ちました。
父が逝去した後は天津で兄の程有龍から八卦掌を学びました。程有信は指導に厳格で多くの学生を育てましたが、正式な入室弟子は許立坊、孫志君ら数名しかいませんでした。
程有生
程有生はまたの名を程中発といい、程殿華の第四子です。彼は家伝の武術の指導をうけて遊身八卦連環掌に精通していました。程有生の練った技芸は高いレベルに至り、脱身換影、つまり相手の背面に移動して背中やわき腹に一撃を食らわせることを得意としていました。また程有生の打撃は快速で重く、「黒手中発」という通り名があったほどです。
程有功
程有功は程廷華の甥であり、瀋陽を中心とする東北地区の八卦掌の普及に寄与しました。程有功は少年時に北京に移住してから叔父や師兄から八卦掌の技芸を授けられました。また、叔父とともに董海川の開門弟子である全凱亭を訪れ、全凱亭の技を受けて育ちました。
また、程廷華の師兄弟である六合門のの劉德寬から六合大槍と方天畫戟を学びました。程有功はのちに、張作霖の護衛官の武術教師として招聘されのちに奉天に転居ています。
当時の奉天では、東北王張作霖の長男張学良にも八卦掌を指導し護衛官の任にもついています。瀋陽武術館では程有功は館長となり、八卦掌を指導し、東北地方の武術の発展に大きく寄与しました。
孫志君
孫志君は1933年に河北省深県の程家村にて生まれました。孫志君は幼少期には程殿華の高弟である劉子揚に師事し、その後は程有生、程有信から教えを受けました。八卦掌を主修し、また河北派形意拳も副修しています。
孫志君は八卦掌を修めたのち、北京市武術協会八卦掌研究会第二回委員会の副会長、第三回委員会監事長、第四回顧問などを歴任してます。
1964年には北京武術軍賽に於いて八卦掌と器械部門の2部門で優勝し、1983年の全国伝統武術観摩交流大会では金賞を受賞し、全国優秀武術運動員として評されました。その後は、八卦掌の国際的な普及に勤めシンガポールや韓国などでも指導を行いました。
劉敬儒
劉敬儒は1936年に高陽県で生まれました。1957年から北京で駱興武から形意拳と程氏八卦掌を学び、1960年代には張占魁の弟子である裘稚和に八卦掌を学びました。その後、尹福の外孫である何忠祺から尹氏八卦掌を学び、山東省黄県の単香陵からは六合螳螂拳を学びました。
程派八卦掌では、程有信らから指導を受けています。1963年以降は、北京や中国各地の武術大会で優勝や金賞など優秀な成績を収めています。1980年からは北京東城武術館にて八卦掌の指導を行っています。
特に欧州や日本をはじめ世界各国で程派八卦掌の神髄を普及させるべく活動しています。著書や映像教材には、「八卦掌」「劉敬儒-程式八卦掌」、「劉敬儒-形意拳」などがあります。
その他の程派八卦掌の系譜を継ぐ名人
程派八卦掌には上で紹介した人物以外にも、孫祿堂、李文彪、張永德、王丹林、馮俊義、
張玉奎、高義盛、周玉祥、何金奎、郭鳳德、李夢瑞の伝人がいます。
程派八卦掌のまとめ
今回は程派八卦掌について解説しました。程派八卦掌は八卦掌の支派の中でも動作がのびのびとして起伏に富み、優雅な舞踊のような動作の中に優れた技撃性を内容する系統です。遊撃戦から肌をこすり合わせるほどの接近戦まで多様に対応が可能です。理論もよく整理されており、養撃兼備の拳種です。
八卦掌は中国武術の中でも最も新しい武術の一つであり、手法、歩法、姿勢、意念の操作等に既存の伝統武術からひとひねりした工夫が盛り込まれています。特に歩法、つまりステップワークを身に着けるには最適です。
初級から重心移動をともなう練習を課すため参入のハードルは高いですが、これまで培ってきた伝統武術の功夫にさらにもう一味スパイスを利かせたい方にはもってこいの拳種です。
私が運営する花垣武学研究会も、高義盛が整理した程派八卦掌の支派である程派高式八卦掌をメインのカリキュラムとして名古屋やその周辺で練習しています。もし興味がある方はぜひ花垣武学研究会のブログを参照ください。
このブログが皆様の中国武術研究の参考になれば幸いです。